ツイフェミの発言はバングラデシュで数十年前にあった時代遅れのもの
僕は10年前、バングラデシュのセックスワーカー達の主体と構造について卒論を書いたのだが、「セックスワークを自由意志か構造か二者択一で議論するのはやめよう」というのは、その頃すでに常識だった。SNS見てると、数十年前のジェンダー論争してる感がある…
— 安田祐輔 #働くを取り戻す(@yasuda_yusuke)Wed Aug 12 10:32:49 +0000 2020
売春に関する議論が学者・活動家の間で盛んになった90年代、性産業で働く女性達から「当事者抜きの議論」が批判されるようになりました。2000年に「売る売らないは私が決める」という本が話題になりましたが、当事者の目線から学者・活動家を批判した本でした。この20年、何も変わってない…
権力構造の上部にいる「リベラル」な人たちによる表面的な「連帯」や「共感」が、実は当事者達を苦しめるという逆説は、日本でも欧米でも、今も昔も起こっているわけです…
その一例が、福祉関係者がよく使う「福祉が性産業に敗北している」という言葉だと思います。福祉関係者が、性産業を「敵」としてみてることが暗に示されてます。でも、それじゃ当事者は誰も相談に行きませんよね。この言葉を使う福祉関係者は、本当に当事者に寄り添っていると言えるのでしょうか。
バングラデシュ娼婦街での経験、その後の福祉事業の立ち上げ・経営については、2年前に出版した「暗闇でも走る」(講談社)に一部書きました。ご関心がある方がいらっしゃれば、お読みいただければ嬉しいです。
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@yasuda_yusuke 貧しいから致し方なく働くのでは無く、セックスワーカーとして誇りを持って働いている人も少なからずいる。
セックスワークは人類最初の商売だとも言われているくらい、商売として容易く成り立ってしまうから人類が性欲を持ってる限り途絶えることはないだろうね。
セックスワークは人類最初の商売だとも言われているくらい、商売として容易く成り立ってしまうから人類が性欲を持ってる限り途絶えることはないだろうね。
@yasuda_yusuke アナログな世界に生きている私たちにはグラデーションがあり、一口に何かを語ることは暴力的です。対象を型にはめて決定づける行為自体が「権力」なのでしょうね。
@yasuda_yusuke 性産業の中でその仕事を誇りにしている女性の存在が少なからずあるにも関わらずそれを認識出来ないのか、或いはその女性の存在そのものが彼らの何かの持論に致命的な損傷を与えるのか分からぬが、そうしたリベラル仕草がリベラル離れを惹き起こしてる可能性は結構高い気はする。
@yasuda_yusuke 当事者で自己決定で売春していると声をあげられる人は一握りです。傷つき、黙って性産業から去っていく人たちの声は誰が代弁するのでしょう。福祉や社会活動でそうした方の姿を見てきた人は、性産業を敵視するというよりどうしたらこうならなくて済むのかと考えています。
@yasuda_yusuke 論文がつまらなかったから、その狭い世界の"常識"が世間に波及しなかったんでしょうね。残念賞
@yasuda_yusuke 社会が着いてくるのはそんなもんです。ゲノム編集の生命倫理も20年以上前のおさらいに過ぎません